育児記録


幼児の頃

 (1)絵本の読み聞かせ

「小さな頃から絵本を読み聞かせすると、言語脳の発達が早い」と聞いたので、生後6か月くらいから、毎晩絵本の読み聞かせをしました。主として担当は、父親でした。最初のうちは、ほんの数分で読み終わる絵が主体の幼児用絵本、せなけいこや五味太郎の作品です。「ねないこだれだ」は、夜遅くまで起きているとオバケが出てくる、という内容で、教育的にいいと思って私のお気に入りだったのですが、こわい話なのでだんだんと娘は避けるようになってきました。


2歳の頃には、娘が短いお話では満足できなくなって、3冊とか5冊とかを続けて読むことを要求し始めたので、ピーターラビットのミニ絵本シリーズ(全21巻)を揃えて、これを読むことにしました。文章が主体で、大人でも読んでいておもしろい物語です。最初のうちは10分か15分で読み終わる短めのお話を選んでいたのですが、3歳の頃には知恵がついてきて、長い話ばかりをリクエストするようになり、さらには長い話でも最後まで聞き終わってから寝るようになった(途中で眠ってしまうということがなくなった)ので、4歳の頃には絵本読み聞かせタイムは毎晩30分以上になり、途中で読んでいる親の方が眠くなって困りました。

絵本の読み聞かせは、小学生になってからも続きました。小学校高学年になっても、自分ひとりでも読めるはずの本を持ってきて「読んでくれ」ということが、たびたびありました。本が好きな子になってよかったです。

 (2)図書館・本屋

おむつが取れてからは、月に2〜3回、図書館に連れて行きました。幼児用の本のコーナーで、あれやこれや読んでいました。

また、3歳くらいからは、月に1回くらいのペースで、吉祥寺の比較的大きな本屋さんに連れて行きました。「本屋に行くと好きな本を1冊買ってもらえる、ただしマンガは除く」というルールにしたので、店に入ると娘は幼児書のコーナーで、どの本を買ってもらうか、一生懸命に探します。その間に親もじっくりと自分の本探しをできるので、助かりました。買う本は、半分マンガの「怪傑ゾロリ」が多かったです。

「このルールは、有効期限は無期限で、就職した今も続いている」と娘は勘違いしているようで、今でも一緒に本屋さんに行くと、本を1冊買わされます。

 (3)こどもちゃれんじ

3歳の頃から、「こどもちゃれんじ」を始めました。「『こどもちゃれんじ』は、おもしろいページだけ読んで、勉強の部分は何もやらないという子供が多い」と聞いていたので、「赤ペン問題(添削問題)は必ずすべてやる、できなくなったら終わりにする」というルールにしました。「赤ペン問題をやると、景品に交換できるシールがもらえる」という仕組みに娘はすっかり惹きつけられて、毎回きちんとやっていました。当初は分からない問題があると、私か妻が教えましたが、そのうち自力で全部できるようになりました。

景品としてもらったのは、天体望遠鏡と顕微鏡です。天体望遠鏡は見た目は安物でしたが、大きくくっきりと穴だらけの月が見えて、性能的にはしっかりしたものでした。でも、顕微鏡はすぐに飽きました。

小学生になって「ちゃれんじ」に変わり、小5になって塾に通い始めるまで続けました。まだ小さいうちから「宿題は毎回すべてやるのが当然で、例外はまったくない」ということを躾られたのは、大きかったと思います。

 (4)アウトドア

1歳の頃、よちよち歩きの頃は、公園の芝生によくでかけました。いくら転んでも安心ですので。しかし芝生は、幼児にとっては大きなでこぼこばかりなので、よちよち歩きの練習をするには、本当は不向きだと思います。転ぶ練習をするには向いていますが。

夏の海水浴は、生後半年でデビューしました。ずっと傘の下にいましたが、それでもかなり日焼けしました。3歳くらいまでは、手や足につく砂を嫌がって砂遊びができませんでしたが、慣れたら大好きになりました。

冬のスキーは、生後2か月でデビューしました。と言っても、娘の居場所は1日中スキー場の休憩室です。小さい頃は、リフト1日券を1枚だけ買って親が交代交代に滑り、その間もう一人が休憩室かゲレンデの最下部で娘と遊ぶ、という交代制スキーでした。3歳くらいでパンダスキーを買って、娘がゲレンデデビューしました。両足の間に娘を立たせ、その身体を支えながら緩い斜面をほんの何mか滑る、というスキーです。娘は面白がって何回もやりたがるのですが、親はすぐに腰にダメージが来ます。5歳か6歳で子供用のスキーを履いてからは、同じような体勢で親が両手で横向きに持ったストックにつかまりながら滑る、という形になりましたが、これは体重がさらに重くなってきているので、親の腰がさらにつらいです。「こんなスキーはいつまでも続けられない、早く一人で滑れるようになってくれ」と切に願いました。小学生になる前にひとりで滑れるようになって、助かりました。

自転車は、乗れないと小学校で肩身が狭いので、早めに練習を開始しました、3歳か4歳の頃には補助輪付の自転車に乗っていましたが、左右の傾斜があるとすぐに転ぶようなバランス感覚なので、補助輪を外すのには時間がかかりました。杉並区の交通公園は、練習用の自転車の貸出があるので、何度も通いました。しかしなかなかうまくいかないので、途中で足こぎの4輪車に変更して、そればっかりで遊んでいることが多かったです。自転車の練習も、親の腰が辛いです。「子育ては、筋肉も必要だが、それよりも腰の耐久性が重要だ」ということが分かりました。小学生になる前に補助輪が外れて、助かりました。

 (5)食生活

虫歯予防のために、未就学児のうちは、飲み物は牛乳や麦茶などに限定し、コーラやジュースなどの甘い飲料はまったく与えませんでした。また、チョコレートやあめ玉などの甘いお菓子も避けました。

アイスクリームやソフトクリーム、果物は、親が大好きなので、食べ過ぎない程度に食べました。たまには贅沢をしようと、神田の万惣というフルーツパーラーでフルーツやパフェをいただくこともありました。ご飯のおかずとしては、私が大好きなので、肉だけでなく、魚を食べることが多かったです。父親の趣味が鮎釣りだったので、私は小さい頃から天然鮎の塩焼きが大好物で、たまに栃木県の那珂川のヤナに行っていたのですが、娘が2歳か3歳くらいの頃に連れて行ったら、ほいほい食べていました。近所の焼き肉屋では、昔も今も牛タンが娘の大好物です。

魚や肉、果物、デザートなど、親が「これは美味い」と思うものは、娘も目を輝かせて食べていました。今でも娘はチョコレートやお菓子類が苦手で、美味しい魚や肉、果物、デザート、牛乳などが大好きです。食欲が旺盛な大人に育ったので、美味しいものを食べに行こうという計画には、今でもほいほい乗ってきます。

牛乳をたくさん飲んでいたので、背がどんどん伸びるかと期待したのですが、身長はずっと平均値くらいで推移し、母親よりほんの少し高い程度で止まりました。その代わりに、骨ががっしり太く育ちました。

 (6)その他のしつけ

「寝る子は育つ」と言うのは本当らしいので、早寝早起きに努めました。未就学児のうちは、9時就寝、7時起床で、10時間睡眠です。さらに保育園で1時間くらいのお昼寝があったので、1日11時間は寝ていたことになります。そのおかげかどうか分かりませんが、娘はこれまで、たいした病気をしたことがありません。あせって病院に連れて行ったのは、鉄棒から落ちて後頭部を打って「なんだか気持ち悪い」というので脳波を調べてもらったことがあったくらいです。

次に、虫歯にならないように、歯が2本しか生えていない頃から、寝る前の歯磨きの習慣を徹底しました。そのおかげで娘は、これまで虫歯になったことが1回もないはずです。

さらに、外でいい子でいられるようにする躾には力を入れました。ファミリーレストランでは、テーブルをカンカン叩くとか、大声を出すとかで親が注意しても静かにしていられなくなると、即刻退場処分です。食事を中断し、クルマへ強制退去して、親が交代で食べ終わるのを待ち、帰宅した後もご飯抜きです。2歳か3歳の頃に、悲しい思いを何回か経験したら、すっかりこのことを躾られたので、以後は子連れの少ない店でも安心して連れていけるようになりました。交通機関の車内でもおとなしくできるようになったので、新幹線や飛行機での長旅も気軽にできるようになりました。この躾については、「外でいい子にしていないと、すごく恐ろしい目に遭った」と、娘は今でも覚えているそうです。「そのおかげで小さい頃からいろいろなところに連れて行ってもらえて、よかっただろう」というと、「それはそうだけど・・・」と複雑な顔をします。