(1)結婚するまで
私も妻も、決して豊かではない家庭で育ちました。小さい頃から、貧乏ゆえの悲しい思いを、何度も経験しています。「大人になったら、もっと豊かな生活をしたい」と願いながら、大人になりました。
私の父は、尋常小学校卒の商売人でした。頭がよくないので商売が下手で、収入が安定しませんでした。たまに儲けても、善人と悪人の見分けができないので、人に騙されてお金を失うことが多かったです。深夜まで借金取りが押し寄せて、眠れない夜が続いたことも、一度や二度ではありませんでした。
「こんな父には頼っていられない」ということに気が付いた私は、都立高校入学とともにアルバイトを開始し、大学卒業までの7年間、自分のアルバイト料から学費を捻出しました。経済的に安定できたので、無事に大学を卒業することができました。
母親の看病のため、新卒での就職はせず、就職したのは大学を卒業してから8か月後、母の葬式が終わってからです。広告制作会社に雑用係として拾ってもらいました。給料は出ましたが、とても少なかったです。一生懸命に仕事をしていたら、広告制作スタッフに出世して、給料がほんの少し増えました。地味に暮らして、わずかな余裕は全額貯金に回していました。
妻の父は、早くに父(妻の祖父)を亡くしたため、中卒で工員になって家族の生活を支え続けた苦労人です。古い小さな借家で育った妻は、高校で私の隣に座っていました。高校卒業後は、「しっかりとした経済的な基盤を得るためには、手に職をつけるのがいい」という考え方から、大学ではなく医療系の専門学校に進学しました。
卒業後は、大学病院の研究室に就職。同時に、古いアパートで一人暮らしを始めました。給料は私よりも多かったですが、生活ぶりは地味で、安定した生活を確立するためにと、一生懸命に貯金をしていました。
(2)娘が生まれるまで
結婚してからも、質素な暮らしを続けました。新居は、ボロい借家です。夫婦共稼ぎで、家賃が安かったので、手取りの半分くらいを貯金できました。このような生活が5〜6年くらい続きました。
(3)娘の誕生
娘が生まれました。その時点で私にも妻にも母(娘の祖母)がいなかったので、実家には頼らず、夫婦2人だけで子育てしました。困ったときに頼れるところがないので大変なこともありましたが、子育てについて変な注文を付けられることもなく、その点で気は楽でした。